昭和の時代のワンショット

vol.34 グラフィティ あ・つ・ぎ-01

厚木市は昭和30年に厚木町・小鮎村・玉川村など計8町村で創立。昨年には市制60周年を迎えました。この写真は厚木市となるさらに20年前、今の寿町付近、当時は弁天町と呼ばれている場所で厚木神社祭典時に撮影されたものです。

祭り

 現在も厚木神社例大祭として神興を繰り出す祭りが続いていますが、当時は7月14、15、16日に行われた町をあげての最大のイベントだったとのこと。祭りに神興はなく、山車が中心で14日 宵宮(祭)に御霊入れ、15日本宮(祭)、16日後宮 (祭)の3日間繰り広げられていました。
 『年番』という町内ごとの持ち回りがあり、写真は弁天町が山車の飾りつけや祭りの運営を担っていました。町内を挙げての行事として老若男女、大人、子供を問わず大勢の人が協力し合って準備をし、街々を高さ4〜5mもある山車を3日間という長丁場、力を合わせて盛り上げていたのでしょう。
 山車は木組みの車で相当な重量があったことでしょう。祭りも今とは違い地域の人々の楽しみでもあり、最大の娯楽だったのではないでしょうか。今は薄れてしまった人々の付き合い方や連携が、当時はまだまだ密度の濃いお隣さんだったのでは。

繁栄していた町

 本町商店街がいわゆる銀座として繁栄し、大きな料亭も3軒あり、大勢の芸者さんがいたようです。写真にも日本髪の女性が写っているのが当時を思い起こさせます。京浜地区からも大勢の祭り見物客が訪れていたとも。戦後になり子供神興も導入され、現在は市内11町内に子供神興があるとのこと。読者の皆さんもお爺さん、お婆さんから昔のことを聞いてみるのも楽しいことではないでしょうか?

写真をお借りした原さん

町の姿は変わりましたが、現在、この写真に写る付近にて旅行業を営むトラストツアーの原さんから写真をお借りしたものです。当時、米屋を営むお父様も町の人々の緊張した面持ちが写真機を通して感じられますね。今はスマホでどこでも誰でもカメラマンの時代ですから…。原さんの子供時代はおとなしく勉強が好きだったとのこと。当時は珍しい幼稚園(今の日本バプテスト厚木協会)に通いましたが、その理由が幼稚園の帽子が被りたかっただけで、帽子が手元に来ると3カ月くらいでお辞めになってしまいました。聞くとその帽子は早稲田大学の学生が被っていた独特の学帽に似ており、それが欲しかったぁ〜と笑っておられました。子供ながらにちょっぴり豪快なところも(笑い)。70歳を超えた原さんはパスツアーを今も企画運営されており、記者も10月のリンゴ狩りツアーに参加してみようと思っています。

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