昭和の時代のワンショット

vol.35 グラフィティ あ・つ・ぎ-02

『厚木一番街』の昭和40年頃の写真です。
本厚木駅北口前も広々と空が広がり、高いビルも数えるほどしかなく、現在では見られない店の看板も多数写っています。

昭和40年代の日本

 昭和40年(1965年)当時の出来事や流行についてちょっと覗いてみましょう。大谷選手などが日本ハムに行くことになったプロ野球ドラフト会議の第1回 はこの年に行われました。プロレス中継の視聴率は何と51.2%にも達していたとのこと。その外にもエレキブーム、富士山レーダー観測開始、国鉄(今のJR) がみどりの窓口開設。パンタロン、VAN・JUN・アイビールック(筆者も当時10代でしたから夢中でした:笑い)、海外旅行の先駆JAL PACK、オ口ナミンCもヒット商品に。音楽では「君といつまでも」、『涙の連絡船』、『二人の世界』など完全に懐メロの世界です。映画では『網走番外地』など任侠物が幅を利かせ、『サウンドオブミュージック』が世代を超えて人気を博していました。


現在の本厚木北口『一番街』凰景

厚木一番街

 江戸時代では小江戸と呼ばれ古い歴史を持っているのが厚木市の商業です。昭和30年に相模大橋が架橋、43年に東名高速が開通〜厚木ICが開設。翌年には厚木小田原道路も完成し交通網も発展しました。そんな高度成長期の昭和44年に誕生したのが『厚木一番街』。本厚木駅北口に位置しファッションや飲食店、カジュアルショップ、フィットネスもあり、夜間を除き歩行者天国として多くの人々が行きかう街となっています。厚木市には多くの企業があり、本厚木駅の平均乗降客数も当時は約4万人弱、 現在は15万人を超えると言われ、朝タのラッシュは 皆さん経験されているかと思います。
 写真をみると今は見られない「東光ストアー」、「東芝レコード」の看板に交じり「呉服の藤村」さんがありますね。現在も一番街で営業されている老舗として、長い時間をこの通りで営みを続けておられます。読者の皆さんもたまには厚木市郷土資料館や駅近の中央図書館で古い書籍の紙の匂いを嗅ぎながら…昔のこと調べてみることをお薦めします。

写真をお借りした六ヶ村さん

六ヶ村さんは一番街で『café Restaurant Bon』という懐かしい昭和の風情を感じるお店を長い時間この通りで営みを続けておられます。先代が厚木市の開発が進む中、『純喫茶ボン』としてオープンした店は大いに賑わいを誇っていたとのお話をお聞きしました。筆者もお同いし珈琲や綺麗な黄色の卵に包まれ、ケチャップの赤をまとうオムライスが大好きです。シンプルだからこそ、また食べに行きたくなる…そんなBonさんです。今回の写真は六ヶ村さんから拝借しました。店内にはたくさんの懐かしいモノクロ写真が壁面を飾っています。皆さんも写真をみながらお薦めのランチを食べに行ってくださいね。街の姿は刻一刻と変わっていきますがBonさんのような懐かしい店をいつまでも残してもらいたいと思います。

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